椎ケ脇神社  しいがわきじんじゃ 
静岡県浜松市天竜区二俣町鹿島
椎ヶ脇神社は、桓武天皇の延暦20年(801)征夷大将軍坂上田村麻呂(758−811)が陸奥地方の蝦夷反賊の征伐のため下向の折、 天竜川が洪水氾濫し、磐田の海と重なって大海となった。東岸(野部・広瀬)に渡ることも出来ず困っていた。その時、土人(鹿島に住んでいた昔の人)が 筏を作り将軍を渡したところ、大変喜ばれこの地に減水を祈り「闇於加美神」を祀り給わった。これが現在の椎ヶ脇神社祭神である。
尚、伝承によれば、椎ヶ脇神社の呼称は、往古猪家神社とも呼んでいた。この神社の北側には、天竜川の深淵があり、その断崖絶壁の上に大木の椎ノ木があり、 これから椎ヶ淵と称し淵に臨んだ神社から椎ヶ脇神社と転称したとも言われる。
古来、椎ヶ脇神社は天竜川の水利を守り船の安全を保ち、堤防の破損を免れ流域の大氏神として水害多き村々に御分霊を紀ってきた徳川幕府から慶長7年 (1602)伊奈備前守より、神田朱印高二十石を寄進された。
        

  椎ヶ脇神社
椎ヶ脇神社参道と石作りの鳥居
  椎ヶ脇神社
椎ヶ脇神社参道にある仁王門      
  椎ヶ脇神社
椎ヶ脇神社拝殿全景
  静岡県浜松市天竜区二俣鹿島椎ヶ脇神社付近の地図です。
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