遠江分器稲荷と本多忠勝屋敷跡 とうとうみぶんきいなりとほんだただかつやしきあと
静岡県浜松市中区田町232-5
分器稲荷神社は徳川家康が三河から浜松に入った1568(永禄11)年に創建され、その36年後の1604(慶長9)年に徳川家康の命により本殿を修造したと伝えられています。 境内には金色の狛狐と赤い登りが目立ちます。社殿は昭和20年6月18日の空襲により焼失しており、現在の美しい姿は昭和31年(本殿)、34年(拝殿) に再建されたものです。
神社の西側には家康の重臣・徳川四天王の一人として大活躍した本多忠勝の屋敷があったと伝わっており、現在、近くには屋敷の推定地の標識も立っています。              

 
                                            

  遠江分器稲荷
遠江分器稲荷の石の鳥居と拝殿
  遠江分器稲荷
遠江分器稲荷の拝殿の全景      
  遠江分器稲荷
遠江分器稲荷の金色の駒狐
  遠江分器稲荷の付近の地図です。
地図をクリックするとGoogleの地図が見られます。