秀忠公産湯の井戸・八幡宮・椿姫観音   ひでただこううぶゆのいど    はちまんぐう  つばきひめかんのん
秀忠公産湯の井戸
579年(天正7年)、家康の側室の一人・西郷局(さいごうのつぼね)が秀忠を産んだ際、産湯として使われたと言われる井戸の跡が、浜松市内に残されています。 徳川秀忠は、徳川家康の第3子で、徳川第2代将軍です。幕府創業期にあって家康に従い、徳川政権の確立に尽くしました。
浜松八幡宮
徳川家康公は浜松城の鬼門に位置する当宮を鬼門鎮護・開運招福・武運長久の神として篤く信仰し、度々参拝したと伝えられます。
椿姫観音
引間城を最後まで死守した女丈夫に感動した家康は、お田鶴の方と侍女18人の遺骸を厚く葬り塚を築きました。 家康の正室、築山御前も手ずから塚の周囲に百余株の椿を椊え供養を営みました。 椿はその後毎年美しく咲き、付近の人々はこの塚所を「椿姫塚《と呼び追善供養を捧げました。
                                            

  秀忠公産湯の井戸
徳川秀忠公産湯の井戸
  八幡宮
八幡宮石作りの鳥居と参道と拝殿      
  椿姫観音
椿姫観音正面から
  浜松八幡宮と椿姫観音の付近の地図です。
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